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JR北海道の廃線問題について考える~『秋田よ変われ』より~その2

JR留萌線の留萌ー増毛間が廃線となり、俳優の高倉健が駅長を演じた映画「駅 STATION」の舞台となった終着駅である増毛駅が12月4日、95年の歴史の幕を閉じた。これは北海道の鉄道廃線大リストラの始まりである。深刻な経営難が続くJR北海道は、11月18日「単独では維持困難」と10路線13区間の廃線を打ち出し地元の市町村との協議を求めた。対象となる路線距離は同社の在来線の半分を超す。地方自治体には住民の足の確保のため、バス転換や第三セクター化などの選択が迫られる。乗客数の激減に加え多額な維持費がのしかかる赤字路線である。過疎化が進み財政悪化の市町村はどのように対応していくのか。かつての秋田県に再生のヒントがある。

30年前になるが国鉄民営化に伴い赤字路線廃止の大嵐が吹き荒れた。秋田県でも角館線や阿仁合線など3路線が廃線の危機に見舞われ、県は昭和59年に第三セクターの秋田内陸縦貫鉄道株式会を設立しこれを肩代わりした。不通区間を接続した秋田内陸縦貫線は開業当初こそは100万人を超える乗客があったが、寺田知事3期目に入った平成18年には50万人にまで落ち込んでいた。県の持ち出しは3億円を超し、鉄橋などの老朽化が激しく、県や沿線市町村がこれ以上維持し続けるには限界に近かった。しかし寺田知事は「廃線」の選択はしなかった。何故か。「秋田よ変われ」秋田内陸縦貫鉄道の項より紐解いてみたい。


 

赤字ローカル線
 整理・合理化の対象として最後まで残った23法人の中で、最大の難問が秋田内陸縦貫鉄道株式会社の処置だった。同社は昭和59年10月、県と当時の沿線8町村がそれぞれ1億1600万円を出資、民間の秋田銀行、北都銀行なども6800万円を出資して資本金3億円で設立された「絵に描いたような」第三セクターである。

 国鉄民営化に伴う赤字路線として昭和61年11月に、阿仁合線・鷹巣~比立内(46.1㎞)と、角館線・角館~松葉(19.2㎞)を受け継ぎ、沿線住民の足の確保を目指した。平成元年4月に不通区間の比立内~松葉間(29㎞)を接続、鷹巣~角館の南北94.2㎞を結ぶ「秋田内陸縦貫線」が開業した。昭和9年に鷹巣~米内沢間が開通して以来、半世紀をかけた地元住民の悲願の全線開通だった。

 開業当初の平成元年は年間利用者が107万人を超え順調な滑り出しだったが、その後は毎年乗客は減り続け、平成12年度は80万人台を割って79万人にまで減少した。開業当初から赤字が続き、12年度の経常損失は3億4300万円に達した。

 赤字を減らすため数度にわたり内陸線の利用促進運動が行われ、平成14年度からは「頑張る3年間」を実施、てこ入れを図った。企画列車なども走らせ乗客増加運動を繰り広げ、観光客を増やしたが、沿線地域の急速な進過疎化やマイカーの普及により肝心の地元の利用者である定期利用客が減少し16年度の輸送人員は50万人にまで落ち込んだ。

 会社は合理化を進め平成13年度に在籍した82人の職員を16年度には67人まで減らし、人件費を5000万円切り詰めた。それでも「頑張る3年間」を締めくくる16年度の経常損失は2億7400万円に上った。内陸線の再生を図るため平成15年12月、会社や沿線市町村の住民が参加した「秋田内陸線沿線地域交通懇話会」が設立され、18年度から5年をかけた再生計画がスタートした。
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存廃の決断は平成20年9月まで
 再生に向けた最後の機会とされた再生計画は初年度から躓いた。

 平成18年度の輸送人員は前年度を1万2000人下回る50万人と、目標の66万人を大きく割った。経常損失は2億6200万円で、県の支出した補助金は2億2700万円にのぼった。補助金を毎年10%ずつ減らし、最終的には県と沿線市町村の支出する補助金を1億5000万円に削減する計画は1年目で早くも破綻した。一方で鷹巣~米内沢間は開業から80年近く経ち、施設が老朽化しており早期の安全対策工事が必要となっていた。「会社の形態や経営者を改め、一定期間試行した上で存廃を判断する」などという悠長なことをやっている暇は無くなっていた。

 寺田は平成19年に入ると何度となく現地を訪ね、列車に乗り、結論を熟考した。そこで目にしたことは「地域からうまく利用されていない」ことで、「沿線地域が鉄道の価値を見出し、住民が積極的に利用して地域振興に活用していていかない限り、この鉄道の再生は難しい」が結論だった。

 19年6月定例県議会前の6月7日の政党内協議において「1年以内を目処に内陸線の存続か廃止かの結論を出す」と表明した。本会議の第3日、東海林洋議員(いぶき)に今後の対応を問われ「引き続き(再生)達成の努力は続けるが、並行して地域の足を確保するための適切な方策を検討する。(内陸線の)存廃を含めあらゆる角度から今後の可能性を見極めるため、県職員を会社に派遣するとともに、地元自治体とも十分に協議しながら、早期に結論を出したい」と答えた。寺田の「一年以内に存廃の決断」発言は、地元の住民に大きな衝撃を与えた。

 発言から半年経った平成20年1月28日の記者会見で「知事の腹は固まったのか」と聞かれた寺田は「どうやったら残せるか考えているが、方策はまだ出てきていない。このまま毎年3億円以上注ぎ込むことが、財政上耐えられるか。このままならあの会社は野垂れ死にする。路線を半分にする方法もあるが、(それが)良いのか悪いのか。いずれ夏までには結論を出さなければならない。出した結論には従って頂くしかない」と、決断の時期を「夏」までと明示した。

 4月21日の記者会見では「地域にとって有益であり、県全体から見て観光面などで有益性があって、初めて生き残れる。仙北市と北秋田市がどう責任を取れるか、一億円ずつ負担することが出来るか、議会が承認してくれるか。地域住民の皆さんが乗車してくれるか。県が誘客システムのサポートをどのように出来るか。早めに安全対策をしなければならない。速度制限をしながら騙し騙し使っている」と先の見えない実情を説明しながら、沿線住民に対して高いハードルを提示した。夏までとした期限は「今年の9月まで」と断定した。沿線の自治体は平成の大合併で8町村から北秋田市と仙北市の2市となっていた。

 寺田は4月下旬から内陸線トークを開始した。5月12日の記者会見で、地元住民の熱意をどう受け取ったか質問を受けた。「また癇癪玉を起こしたと言うのではないが、自分たちのレールだという意識を持ってもらいたい。仕事に車を使わずあれに乗ってみようとか、そういう心を持ってもらいたい」と、いま一つの物足りなさを率直に語った。それでも「(内陸線を)新たに造るとなると4,5百億円もかかる。歴史的な財産なんです。だから県民運動として県民だったら年に1回は乗るとか、当該市町村だったら3回ずつ乗るとか、そうしてみんなで支えない限りは無理だ」と、存続の考えを時折覗かせながら住民の意識改革を求めた。「9月に結論を出す」理由は「拙速という声もあるが、あれだけ老朽化した施設なので、安全性のためにはトンネルとか橋だとか早めに手を付けなければならない。先延ばしにすればいいという問題ではない。だから9月と言っている」と緊急性を強調した。
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地域の夢
 平成20年6月定例県議会で近藤健一郎議員(みらい21)が「内陸線の存続のための条件」を質問。寺田は「この鉄道の再生は北秋田市、仙北市と県が三位一体になって取り組むべきで、そのいずれかが欠けても達成は困難だ。経常損失額を地元自治体と県が継続的に負担出来る範囲に抑えることが出来るかどうかを検討していく」と解決策を模索中だと答えている。

 内陸線開業以来といわれる生き残りをかけた住民一丸の乗車運動が始まった。6月から地元市職員が定期を買って鉄道通勤に切り換えるなど、年間6万人程度の乗客増が見込まれた。地元の商工団体などに加え県内のいろいろな団体が県民ぐるみの存続支援活動を始めた。

 寺田も6月定例県議会に第三セクター鉄道の利用促進を図るためのファンクラブの創設や、体験乗車会を実施したりする「秋田の三セク鉄道魅力体験事業」を新設し250万円を計上して乗車運動を後押した。内陸線の乗客数は目に見えて増え出した。

 国も地域公共交通再生のための法律を改正し、鉄道や駅などの施設を自治体が保有し会社の負担を減らす公有民営化方式を打ち出し、安全対策工事の3分の1を補助することになった。

 9月まであと2週間足らずとなった8月18日、寺田から「財政負担」を求められていた岸辺陞・北秋田市長と石黒直次・仙北市長が県庁を訪ね、寺田と内陸線存続について話し合い、県と両市が三位一体となって内陸線を存続していくことで合意した。目標値などを詰めた最終合意は9月9日の三者会談で決定することになった。

 存続を決断した理由を聞かれた寺田は「経営的な視点からは断念すべきだというのが一般的な考えだし、私もそう思う。しかし、地域の夢だとか、高齢者対策を含めた公共福祉的な考え方、それに地域の方々にプラスして県民の方々が自分たちのレールということで活用して頂ければ、何とか年間60万人ぐらいの利用は維持出来るんじゃないか。高齢者など交通弱者の公共の福祉を含め、レールはこれからの時代に適っている。不採算路線を全部地方が受け持ち、JRは経営が間に合わなければ廃線にするという将来の鉄道の在り方も含めて、これを諦めて断念するよりもトライしてみる価値はあると思った」(9月8日記者会見)と、地域の夢にかけたことを明かした。
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5年の存続で県と2市の三者合意
 平成20年9月9日、県庁で寺田と岸辺陞北秋田市長、石黒直次仙北市長の三者会談が開かれ、平成24年度までに乗客を60万人に増やし、単年度の経常損失を6000万円までに減らして赤字額を2億円に圧縮することで、5年間の存続に合意した。損失や安全対策工事は県と両市が同等に負担することになった。

 寺田は9月12日から開かれた9月定例県議会で「県民乗車運動が活発化し、一定の乗客数の確保が出来る。国の地域公共交通再生のための支援が強化され、会社の負担軽減が図られることになった。両市、県及び会社の一体となった経営努力により収支の改善が見込まれる。両市からは今後の財政負担について理解が得られた」と内陸線存続を決断した経過を説明した。

 将来の財政負担増を危惧して最後まで態度を保留していた仙北市議会が11月25日、「三者合意の実現に向け最大限努力する」と決議。内陸線存続のための三位一体の取り組み体制が整った。寺田は「大変うれしい。これで仙北市が予算は通しませんということはあり得ない。早く乗車運動、誘客運動にエネルギーを注いだほうが良い」(同日の記者会見)と喜んだ。
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3年ぶりに乗客増える
 存続が決まった内陸線の平成20年度の輸送人員は47万人と前年を3万7000人上回った。売り上げも2600万円増え、2億2800万円を確保、経常損失は前年度から2000万円圧縮した。目標の60万人には遠かったが、前に動き出したことは確かだった。
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新聞記者になって口酸っぱく教えられたのが「現場百編」。本当のことを知りたかったら何度も事件現場に足を運べということだった。政治も同じことだと寺田氏から教えられた。

寺田知事は秋田内陸縦貫線存廃の判断をするため何度も現場を見て歩いていた。その結果が、文中の9月8日の記者会見の「地域の夢だとか高齢者など交通弱者の公共の福祉を含め、レールはこれからの時代に適っている。不採算路線を全部地方が受け持ち、JRは経営が間に合わなければ廃線にするという将来の鉄道の在り方を含めて、これを諦めて断念するよりもトライしてみる価値はある」との決断だった。 この時点で既に彼は、今日のJR北海道のような状況の到来を予見している。

それから3年後の平成23年3月、国は寺田知事の決断を踏襲するような、日本で初となる「交通基本法」を閣議決定した。

世界中を歩く鉄道交通問題の第一人者である宇都宮浄人・関西大教授は、著書「鉄道復権」(新潮社)のなかで、交通基本法がその理念に「共助」の視点を加えたことを評価し「高齢化・人口減少・デフレ経済という事態に直面する日本において、エネルギーを浪費せず、環境効率が良く、しかも老若男女の社会参加を促すことができる鉄道の価値は計り知れない」と指摘しており、寺田知事の思いと同じだと感じた。政治には具現化が求められる。無策のまま放置していたら廃線、そして地域の衰退という終着駅が待っている。

※次回は年明けの1月10日に公開いたします。

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