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講演録「形あるものは必ず壊れる」 7

 3 県の行政改革、市町村の目指すところ

 秋田県ではこの12月議会(平成16年)に条例を提出して、県から市町村への大幅な権限移譲をおこないます。いきなり「全部やってくれ」と言われても市町村も困るでしょうから、数年間かけてメニューをこなしてくれと言ってあります。県庁から人も出しますし、お金も出しますと言っています。秋田県のやり方は「県は市町村のサポーター」という立場に徹する、ということなのです。

 それに加えて、一昨年に発足した地域振興局の局長に契約などの権限をほとんど持たせました。県庁の支部である地域振興局単位で県庁のほとんどの仕事が出来るようにしています。市町村は県庁まで来ることなく、近くの地域振興局にすぐ相談して、アドバイスを得られる状態にしています。

 行政コストの3割カットでも耐えられる行政を

 しかし、市町村合併で例えば横手・平鹿郡が一つの市になると、それと同じ範囲の地域局があるのもおかしいですから、現在8つある地域振興局も今後は3つぐらいでいいということになります。そうなるしかないんです。そうなると秋田県庁にかかっていた5000人の職員は3500人でいいのではないか?となってきます。現在は既に4200人ぐらいです。1年に2%以上ずつ減員させていって縮減しています。毎年3%は退職して辞めていきますから、新規採用を1%に抑えれば可能です。

 そして、行政コストは昭和63年頃のレベルまで落とす必要があると考えています。あの時代は県予算が約6000億円程度です。地方交付税だって今は2400億円ぐらい来ていますが、将来は1600億円ぐらいしか国は払えない状況なのではないですかね。

 ですから、秋田県は三位一体の改革でどんな改革がなされても対応できるように考えています。交付税が将来3割削減されることは覚悟しておかなければなりませんから、3割カットされてもやっていける体制にしておかなければなりません。

 既に、合併していく市町村にも自立する市町村にも皆にこう言っています。「10年計画の中で歳出を3分の1ぐらいカットしてください」と。人員も3割ぐらいコストを切り詰めていかなければならないと思います。民間企業でも今は「資産は持たない、人は雇わない」という「身軽経営」がもてはやされています。いざ動く時に機敏に動ける、そして何より、生き残るための「身軽経営」が行政にも求められています。

《8 に続く》


※名称・敬称等は当時(平成16年11月)のままです。
※次回は1月12日に公開いたします。

講演録「形あるものは必ず壊れる」 6

 2 三位一体改革の意味

 地方分権を進め、自己決定・自己責任の仕組みを作るには、三位一体の改革推し進めるしかないと思っています。税源を住民税にして税率を上げ、3兆2千億円の補助金を削って、3兆円の税源移譲を受ける。あとは地方交付税をどうするのか、という問題になります。

 昨日も、地方の1万人総決起大会ということで東京の武道館に行って来たのですが、実際のところ結論がどうなるのか皆目分かりません。誰も分からないと思います。おそらく小泉総理(当時)も、まさにいま一生懸命考えているのではないですか。

 しかし、この結論いかんでは「何のための地方分権一括法だったのか」ということになります。私から言わせますと、現在の世の中は「主権在民」ではなく「主権霞が関」になっています。三位一体の改革を進めると、国の役所が「自分たちの権限がなくなる。配分する予算がなくなる」そういう感覚なんですね。たとえば幼稚園をつくる時もそうですし、農業予算をどこにつけるかを決める時もそうです。何をする時も「自分たちの決裁がなければだめだ。資料を送れ」と言うのです。この国の許認可に係る資料作りというのは、市町村にとって大変な負担になっています。市長時代の私の経験では、市役所の事務作業の3割は国に対する資料書きです。これがなければもっと市民に向かい合った仕事が出来るのに…と何度も思いました。

 私は県民にも同じ説明をしているのですが、このように3色の下敷きを用意します。赤は赤字の国、緑は緑豊かな秋田県、白は市町村です。この3枚がそれぞれ重なって、その重なった部分が国・県・市町村の権限の重複を表しています。これは余分なコストそのものですね。見れば分かるように大変な仕事の重複をしながら仕事をしているのが現在の三層制の行政なのです。

 特別養護老人ホームを造るにしても、国から「木造なら2階建てはだめ」とされていて、何でも詳細に決まってしまっています。どうしてだめなのか。一応の理屈はあるのですが、全く理解できない。聞いたところでは、お酒の作り方だって、西日本と秋田とでは違うそうです。なんでも全国一律というわけにはいかないでしょう。

 これからの国はグローバル化した世界を相手にして、やる事がたくさんあるはずです。外交・防衛・通貨、大きな意味の環境などどんどん複雑化している分野です。中央がそうした仕事に専念すれば、地方は地方で自立していただく、ということになります。そうなるとコストの面から400万人の公務員がいる現状を考えないといけなくなります。

 今回の三位一体の改革の結論がどうなるかは分かりません。国や政府・与党は引き延ばしだとか、足して2で割るだとか色々な手法をやってくるけれど、地方分権一括法をキッチリ読んでいれば、三位一体の改革をやらざるを得なくなるはずです。整合性がないもの。地方分権と三位一体の改革は不離一体なんです。

 「形あるものは必ず壊れる」というのが今日の演題ですが、地方分権を進めたら壊れざるを得なくなった、というのが現在の状態です。市町村行政というのは、人が生まれてから、母子手帳、出生届、乳児健診、幼児健診、義務教育、成人病検診、介護保険から死亡届まで。防災関係もそうですね。先日の新潟中越地震もそうでしたが、避難指示など災害対策の主要な仕事は市町村が担っています。県も口は出せますが、あくまで中心は市町村です。行政の基礎を担う市町村が行政の中心になるべきなのに、各省庁もそれに協力する国会議員も自分の仕事がなくなるのが困るのでしょうか。いつも地方分権については総論賛成、各論反対ですね。

《7 に続く》


※名称・敬称等は当時(平成16年11月)のままです。
※次回は年明けの1月5日に公開いたします。

講演録「形あるものは必ず壊れる」 5

二. 生き残るために何をすべきか

 1 地方分権の意義

 またイタリアの話に戻りますが、イタリアはピエモンテ州とかプーリア州だとか、各州がしっかりしていて、それぞれが競争を繰り広げています。地方分権がしっかりしている印象があります。

 南イタリアにも行って来ました。宿泊したアマルフィやソレントといった所は観光地としても有名ですね。男鹿半島をさらに大きくした所、というイメージでしょうか。ヴェスヴィオ火山のあるナポリが本荘市だとすると象潟町みたいな位置にあります。男鹿半島より断崖絶壁のスケールが大きい印象を受けました。

 そこで改めて感じたことは、日本の道路はどうしてあんなに立派に作っているのだろう、ということです。アマルフィでは、1.5車線もないような道路がくねくね曲がりくねっています。日本の高コスト体質というものを逆に実感しました。日本人は野菜も曲がった野菜はだめ、道路についても実に画一的。

 ですから帰国した時、私はすぐに県の建設交通部長に「イタリアに行って見て来い」と言いました。あの細いくねくねとした道を大型観光バスが行き交っているわけです。もちろん事故や渋滞とか色々問題があるのかもしれませんが、それはそれでなんとかやっているわけです。今あるものをきっちり使う、というのがこれからの地方分権のあるべき姿だと思うんですね。

 平成12年4月1日から地方分権一括法が施行されました。「自己決定、自己責任の下で物事を進めなさい」ということになったのです。そのあと出て来たのが、市町村合併です。現在もめているところもありますが、うまくいけば県内69市町村が21市町村になる可能性があります。

 まだまだもめるでしょう。それは当然です。だって、首長も、助役も、議員もみんな減るのです。いわばリストラのシステムです。大変なことです。そうやって苦労して地方分権を進めるとその先どうなるのか。それは県民要望が、住民の望むことが、住民の身近なところで決定される、ということに尽きるでしょう。県行政、市町村行政を自己決定でおこなう、ということです。

 今まではどうなのかというと、中央省庁という名の食堂で「カツ丼はこんな規格です」と決めてしまうと、「卵はこんな卵を使え、(カツの)衣はこんなもので、カツの大きさは何グラム。その代り材料費は一部補助します」という仕組みです。創意工夫をする余地が本当に少ない。すべて基準値が決まっています。カツ丼だって、ヒレ肉を使わなくてもトッピングの工夫でもっと美味しいものが出来るかもしれないのに。自己決定で出来る仕組みにすべきだと思いますね。

 「低コスト・満足行政」を実現するためにはもっとシェフ(首長)に任せてもらいたいのです。そうすればお客さん(住民)に喜んでもらえる料理を出す自信はありますよ。比内地鶏の親子丼になっているかもしれませんが、その方が栄養もあるし、秋田でなら、ずっと美味しい、安くてお客さんも喜ぶ一品になります。

《6 に続く》


※名称・敬称等は当時(平成16年11月)のままです。
※次回は12月22日に公開いたします。

講演録「形あるものは必ず壊れる」 4

 4.国際教養大学の挑戦と成功

 今年(平成16年4月)開学した国際教養大学は、公立大学として全国初の独立行政法人です。東京外国語大学の学長も務められた中嶋嶺雄先生に学長をしていただいています。彼の理想を実現して教授会の弊害をなくし、機動的な経営が出来る体制にしています。徹底的に「こだわり」を追求した大学です。

 授業は全部英語で少人数教育。1年間の寮生活で英語漬けにします。宿題も欧米の大学並みにどっさり出ます。図書館もカフェテラスも24時間開けて勉強出来るようにしています。ある程度英語が出来るようになったら1年間の留学が義務付けられています。出来たばかりの小さな大学ですが、学生のTOEFLの点数が3ヶ月で50点も上がるなど目覚しい成果を上げています。

 振り返ってみれば、その立ち上げには大変苦労しました。あまりに苦しいものだから、私も一時は母校でもある早稲田大学に頼ろうかな…と考えたこともありました。しかし、理想を追って独立独歩を貫いて良かったと今は感じています。

 聞いた話ですが、早稲田大学でも国際教養学部を立ち上げたものの順調とは言い難いそうです。有名私立大学といえども、新設学部は大学の矛盾点を抱え込んで大変な面があるようで、全くのしがらみのない大学づくりの方がむしろうまくいくのかもしれません。

 これも先月のことですが、京都の立命館大学に講演に行ってきました。立命館大学は今一番勢いのある私立大学だそうで、九州に国際系の新大学も作ったそうです。その先生もこう言っていました。「TOEFLで500点を取らせるのは実に大変。我々は550点まで取らせることは出来ないと思っている」と。海外に留学するには550点くらい取れないとうまくいかないそうですが、国際教養大学ではもう500点を超えている。来年には550点になって、みんな海外に留学に出してやろうということになっています。

 その秘訣は、事務職、臨時職員まで英語が出来る体制でしょう。臨時職員でもTOEICで800~900点取るような人が来たり、職員を募集したらMBAを持っている人もやって来ました。県庁の職員も何人か派遣していますが、彼らだけ英語が喋れなくて困っちゃった。彼ら以外は教員も全員英語が話せます。教職員は3年間の任期任用制を採っています。3年間仕事をして、だめなら辞めなくてはならない。その評価を第三者や学生から、まさに360度からさせる仕組みです。もうそこまで時代は進んでいるのです。

 5.国際化教育が必要

 これからの日本は国際化を避けては生きていけません。国際化に対応するためには、キリスト教というのがどんな宗教なのか、イスラム教の掟はどのようなものなのか、そういう宗教教育が必要かもしれませんね。それから、私の理想論、空想論をちょっと述べさせていただきますと、学校を卒業する前の若者に1年間の海外生活、異文化体験を義務付けても良いのではないかと思うのです。年間50万人を対象とするとして、1人200万円で予算1兆円。10年間で500万人、日本に国際化対応できる人材が育つことになります。日本には徴兵制は無いですから、その代わりと考えても良いのではないでしょうか。何かの予算を削っても国際化対応の人材づくりは必要だと思います。

 異文化交流は必ず人材を育てます。「行って」「見て」「感じて」来れば、必ず得ることがありますし、ほぼ例外なく、自分や自分の国を見つめ直してくれます。自分の存在を他者との比較で意識した時、人は深く、そして真剣に、考え始めます。そして何より、思考停止状態では異国では生きていけないので、間違いなく、たくましくなって帰って来ます。やってみても良いと思うんですがね。

《5 に続く》


※名称・敬称等は当時(平成16年11月)のままです。
※次回は12月15日に公開いたします。

講演録「形あるものは必ず壊れる」 3

 3.イタリアに学ぶスローフード

 先月(平成16年10月)、イタリアに行ってスローフード運動を視察してきました。ピエモンテ州のブラという村で、一言でいうとイタリアの中の秋田県のようなところに行ってきました。州の中心はトリノで、今度オリンピックがありますね。ブラの村には国際スローフード協会の本部があります。ちょうど2年に一度の国際見本市「サローネ・デル・グスト」が開催されていまして、それ以外にもいろいろな伝統的な農法をおこなっている農家を訪ね、農業関係者に会ってきました。

 日本が農耕文化、米の文化であるのに対し、ヨーロッパは肉の文化、牧畜の文化ですね。チーズや生ハムなどです。イタリアでも改めて感じたのですが、現代日本の、大量生産、大量消費で、同一規格品を作る農業って一体何なのでしょうか。においのしないトマトやキュウリ、土のにおいのしない野菜だとかを作っている。子ども達の味覚が最近おかしい、という話も聞きます。自然食はいかに美味しいか、ということが欧米でもスローフード運動などで認識されてきています。

 イタリアでは「食べることは人生だ」という認識があります。もちろん、夜中の10時、11時まで、2時間以上かけてディナーを食べるところですから、日本人にはなかなか真似できないところもありますが。そこは日本人の健康、長寿のためにも日本型のスローフード運動を展開しなければと思います。県庁で、スローフード県民運動チームでも作って取り組まないといけません。地元の物、安全・安心で新鮮な、その土地の伝統にあった物を食する。堅苦しく考えることはないのです。でも、それを基本にして食事をすれば、何より健康につながりますし、ゆったりした気分で地元の文化に親しむ、スローライフにつながっていくと思いませんか。スローライフは秋田に合うし、これからの秋田の強みにもなると思いますが、どう思われますか。

 さて秋田でも、ここ5、6年は「地産地消運動」といって「地元のものを食べましょう」という運動をしていまして、ようやく県民に浸透してきました。かつてはファーマーズ・マーケットと言っても、全部で1~2億円しか売り上げがなかったのですが、今や1店舗で1~2億円を売り上げる直売所もあり、全部で26億円以上も売り上げるようになりました。

 農業関係の人づくりも大切です。イタリアでは世界初の食科学大学を見て来ました。秋田県立大学ではバイオ関連の研究もやっていますが、それ以外に、平成18年4月1日からは県立大学の短期大学部を4年制大学に改組しようとしています。ここは農業を学ぶ学部なのですが、これからはイタリアの食科学大学もヒントにして、アグリビジネスを学ぶ大学にしたいのです。アグリビジネスとは具体的に何をしたいのかというと「秋田県で出来ることだけをしよう」ということです。秋田県のスペシャリティーをここで学ぶ人に持たせようということなんです。具体的には、ここで学べば、米作りから野菜作り、果樹作りまで、農業経営からマーケティング、農薬の扱い方まで全て身につくような、そんな実践的な大学にしようということを目論んでいます。

 どうしてそんなことが出来るのかというと、大潟村に200ヘクタールの県立大学の農地があるのです。これを一人10ヘクタールずつでも任せて実際に農業をやらせてみればいい。毎年毎年50人も育成出来れば、それは凄いことになっていく。そのなかで自然食品なども学ばせたいのです。秋田らしい食文化を、秋田らしい体制で浸透させたいのです。私は学術的な研究を深めることも大切だと理解していますが、実践的な、社会に直接役に立つ人材育成を目的とした教育もまた重要だと思っています。大潟村の水平線の見える大地に、秋田の農業の夢づくりを担う人材が育つ場を創りたい。そう夢見ています。

《4 に続く》


※名称・敬称等は当時(平成16年11月)のままです。
※次回は12月8日に公開いたします。

講演録「形あるものは必ず壊れる」 2

 2.安全なところはもはや世界のどこにもない

 それからもう一つ感じたことは、日本はテロが起これば一番無防備な国なのではないかということです。国民がそういうことに慣れていないし、システムとしても対応出来ていない。

 これからは身近でテロも起こり得るという認識が必要です。日本の国内でもテロがあり得るということを前提としなければならない時代になっていると感じます。残念ながらそういう社会になってしまったなあ、ということです。どこにいても「安全なところはない」という考え方で、常に生きていくことが必要なのかもしれませんね。自然災害も含めて危機に備えることが必要な時代になった、ということでもあります。

 石油についていえば、オイルクライシスの時やホメイニ師によるイラン革命の時は1バレル30ドルくらいでしたが、今や50ドルですから、この影響はじわじわ出てきています。日本は昔以上に国際社会・経済の影響を直接受けるようになっています。インターネット社会の進展が典型的ですし、地球温暖化の影響も避けて通れません。石油に話を戻しても、日本は中東から8割以上を輸入しているわけですから、これからの日本の外交はしっかりしてもらいたいですね。

 そして我々も、現代は国境も県境もないグローバルな社会になっていることを強く認識すべきだと思います。県政でも当然ですし、国政においてもグローバルな視点が大切です。内向き志向は時代遅れです。そんなことをしていれば、この国際社会では生き残れないのではないですか。

《3に続く》


※名称・敬称等は当時(平成16年11月)のままです。
※次回は12月1日に公開いたします。

講演録「形あるものは必ず壊れる」 1

一. 海外を旅して感じたこと

 1 「夢」を奪ってはならない

 私は旅が大好きなので若い頃から海外を一人で旅行していました。イスラム教社会、ヒンズー教社会、キリスト教社会など世界の文化・習慣は実にさまざまです。それぞれの社会をのぞき込んで「ここはどういう所なんだろうか、この人達はどういう考え方をするのだろうか」と見て回ったものです。

 1991年の湾岸戦争で、イラクがクウェートに攻め込みましたね。あれは全くの侵略戦争でした。私はクウェートにも行ったことがあります。砂漠だらけで、あとはコンクリートの街と、石油で儲けたお金で海水を真水にして緑をちょっと植えている国、そんな印象があります。

 さて、湾岸戦争の3年後に同じ中東のモロッコに行きました。カサブランカで有名ですね。カサブランカというのは「白い家」という意味らしいです。現地でモロッコ人とイギリス人のジャーナリストと湾岸戦争の原因とその後について話をしたことがあります。モロッコ人は「日本は1兆円のお金を出して、中東から9割のオイルを持ち出している。日本人は何でもお金で解決しようとするが、それではこの先やっていけないよ」と、こう言うわけです。イギリス人もその通りだと言いました。さらにモロッコ人は「今回(湾岸戦争)はサダム・フセインが悪い。しかし米軍は逃げるイラク軍を後ろから攻撃した。あれは必ずいつか仕返しを受けるよ」と言うのです。イスラム社会では、背後から撃つことは許されない行為だそうです。その当時は「そんなものかなぁ」と思っただけでしたが。

 それから「日本はお金でコケる(失敗する)よ」とも言われました。当時はバブルが弾けて未だ間がない頃で「日本がお金で失敗するなんてあり得ない」と思っていましたから記憶に残りました。でも、結局のところ日本はお金で失敗して、公債依存率45%、720兆円の借金にあえぐ状態にあるわけですから、実に考えさせられます。

 時は進んで、今年(平成16年)6月にトルコに旅行に行きました。トルコでも現地の人に会ったり、関連した本を読んだりしたのですが、こんな話を聞かされました。「イスラム教徒にとっては、アフガニスタンに米国が出て行って制圧したことは目をつぶることが出来ると思う。アルカイダの件があるから。しかし、イラク(への侵攻)については許せないし、のみ込めない」と。「なぜか」と問うと、「あれは侵略だから」と言うわけです。私は、アメリカやブッシュ大統領についてどうこう言っているわけではありません。その人はそう言っていた…ということだけです。

 やはり、イスラエルをめぐる歴史の問題だと感じました。しばらく前までは、それでもイスラエルの中でパレスチナ人もそれなりに仲良く暮らしていたようなのですが、パレスチナの過激派のテロが酷くなり、イスラエル側も、パレスチナ人から仕事も何もかもを奪う形で防衛をしてしまったのが今日の事態を決定づけました。

 つまりこういうことです。なぜ彼の地でそんなにテロが起きるのかというと、若い人たちが、もはや「夢も希望も持てなくなってしまった」からなのです。夢もない、希望もない…となると、もう「ジハード」といいますか、自らの身体をアラーの神に捧げるしかない…ということになるのではないでしょうか。

 テロが起こると、さらにイスラエル側も固くなっていく。さらにテロが起こる…という悪循環です。日本だって、戦争の時には「神風特攻隊」のような形で自爆をしていたわけですから、理解できないわけではありません。

 このように「何もさせない、夢を持たせない」ということをすると「生きていくために必要な精神的なもの」を断ち切ってしまうと思います。ここが一番大きな問題の源だと思っています。これは日本の内政を考える時にも、とても示唆的だと思います。住民に「夢」を持っていただくこと。「夢」を持てる社会にすること。行政はそのためにこそ必要とされるのではないでしょうか。 

《2 に続く》


※名称・敬称等は当時(平成16年11月)のままです。
※次回は11月24日に公開いたします。

6年間、ありがとうございました。

 先月の7月25日をもちまして、皆様にお支えいただきながら、参議院議員としての6年間の任期を全うすることが出来ました。心から感謝申し上げます。50歳で横手市長に就任してから今日まで26年間、体調を崩すなどで仕事を休むこともなく来られたのも天の恵みと感謝しております。

 6年間の任期の中では、東日本大震災、福島第一原子力発電所事故が発生。福島県をはじめとして東北地方は甚大な被害に見舞われました。そして、国と地方の借金は1千兆円を超え、税と社会保障の在り方や、東京一極集中と地方の過疎化の問題をどうするのかなど、次々と様々な課題に迫られました。

 地方自治体での経験をもって足を踏み入れた国政の場で、懸案だった地方自治法の改正などにより、公立大学(国際系学部)に対する地方交付税を倍増。附属学校を持つことを可能にいたしました。地方自治体から国の大学等の機関への寄附も可能にいたしました。2005年の平成の大合併等により、自治体が持ち過ぎた資産を処分するために減損処理をする地方債の発行も実現いたしました。公共団体で働く非常勤・パート職員いわゆる官製ワーキングプア問題の解決や、地方公務員の高齢者部分休業の実現等もいたしました。また、2013年の消費者問題に関する特別委員会・委員長の時には、特定秘密保護法案審議の騒乱の陰で、7年間棚上げされていた集団訴訟法(消費者の財産的な被害の集団的回復のための民事の裁判手続きの特例に関する法律)を、野党の委員長でありながら委員長職権を発動して成立させ、消費者の保護にも努力いたしました。

 その一方で、我々野党の力不足で、特定秘密保護法案から始まる安保法案の成立をはじめとする与党・自民党の暴走を許してしまいました。

 国会の代表質問の場でも、日本には「三つの国家理性の喪失」があったと申し上げました。一つは、国民が軍部の暴走を止められなかった太平洋戦争。残りの二つが上に挙げた、「作り上げられた」安全神話による「人災」とも言える原発事故と、1千兆円を超える借金です。福島のあれほどの悲惨を経験してもなお、核燃料の最終処分の道のりも決まっていないのに、政府は再稼働に踏み切りました。1千兆円の借金も、経済政策を重視する舵取りの中では歳出削減は顧みられず、歯止めが掛からない状況が続いております。

 そのような状況のなかで、日本の国全体がなんとなく凋(しぼ)んでいくような閉塞感に満ちている感じがして、日本の将来を考えた時、どこかでこの閉塞感に歯止めを打ち、「出口のある政治」を実現しなくてはと、本会議の代表質問をはじめとした180回以上に及ぶ委員会質問など、国会内外での活動を通して努力して参りましたけれども、一国会議員に過ぎない私が出来る事の限界も経験し、己の無力に強いストレスを感じ続けました。政治家として一番しんどかったのがこの6年間でした。

 私が横手市長だった90年代前半、国の借金は270兆円程度でした。それがどんどん膨らんで知事を退任する2009年には750兆円位になっていました。社長から市長、知事として「竈(かまど)を預かる」責任を担い、財政健全化を実行して来た者として、これをどうにかしなければ国も地方も共倒れして国民の生活が立ち行かなくなる。そのために何か出来る事をしなければならないと、知事を退任した後も考え続け、6年前に「次の世代に責任を持つ会」を立ち上げたことが参議院議員への立候補につながりました。

 残念ながら力の及ばないところが多々あった事は申し上げた通りですけれども、地方自治と国政の両方を経験させていただいた立場を活かし、今後は「次の世代に責任を持つ会」を足場にして、先ずは、国政での6年間の経験を記録する事と、1千兆円を超す借金の実態とその対策について考えをまとめたいと思っております。

 人間は「何になるか」ではなく「何が出来るか」だと考え、これまでやって参りました。これからは自分の人生の集大成として、皆様から与えられた経験を活かし、私なりにこの国に対して、また、衰退し続ける地方に対して出来る事を模索し続けながら政治に携わって参りたいと考えております。今後とも引き続きご支援くださいますよう、よろしくお願い申し上げます。

寺田典城

苦しかった正月

 遅まきながら、新年あけましておめでとうございます。本年も皆様に幸多い一年でありますよう、心からお祈り申し上げます。未年の今年、思い浮かぶのはニュージーランドの草原で羊たちがのんびりと食事している様子です。今年の日本が、そんな風にのどかであってほしいと思います。

 昨年の暮は、安倍内閣の突然の解散による衆議院選挙があり、党から北海道と東北の候補者を担当させていただきました。寒い中での候補者の頑張りと、支持者の熱い応援が未だに目に浮かびます。

 選挙が終わった12月16日。気象庁は不要な外出は控え、警戒するよう呼びかけ、北海道発着の飛行機やJRは運休、フェリーも1万トン以下の航路は欠航、学校の多くが休校するような状況のなか、仙台からフェリーに乗って北海道に渡りました。船内の浴場に入ったら、風呂の湯が荒れる海のようでした。

 翌朝、苫小牧港に到着。漁港で念願の海鮮丼を食べて、吹雪の中、300kmの道のりを釧路に向けて走り出しました。帯広を過ぎた辺りで夜になり、国道38号の小さな峠で大型トラックが数kmに渡り立ち往生し、往来が止まっていました。たまたま近くにあった脇道から渋滞の先に迂回し、夜7時30分過ぎに釧路にたどり着く事ができました。台風並みの強さの低気圧に、何があっても大丈夫なよう、車の中には非常食や水、スコップや防寒着は用意しておりましたけれども、渋滞で止まった時は、釧路に行くのを諦めて、帯広に戻ろうかと思った程でした。

 翌日は、朝一番に釧路市動物園に行き、男鹿水族館のホッキョクグマ・豪太とクルミの子、ミルクに再会しました。雪が少ない釧路に珍しく積もったのが嬉しいのか、あらん限りに雪とプールではしゃぐ様子に元気をもらいました。その後、釧路市役所を訪問し、地方創生に関連した都市経営の在り方と、全国的にも先進的な、生活保護受給者の社会復帰に向けた取り組みについて伺いました。

 帯広市に戻り、TPPを見据えた農業の持続の観点から、畜産も含めた大規模農業について見せていただきました。肉牛の肥育ファームを訪れると、何もかもが合理化・大規模化されており、地元・秋田の畜産農家との規模の違いに驚きました。お話を伺うと、牛の飼料が円安の影響もあって日本ではアメリカの5倍もするなかでの競争だが、肉質の良さと食の安全性を追求して頑張っていく、と仰っていました。

 地元に帰って振り返ると、積雪など自然条件が厳しい地方の生活と東京とでは、あまりにも大きな格差があります。全国一律横並びの制度の中で、国主導で地方創生や六次産業化を訴えてみても無理があります。ハンデがある場所にはそれぞれの状況に応じた制度が必要だと痛感した年越しでした。

 正月休みに地元におりますと、米価が安いことや円安の影響で物価が高くなってやっていけない等、厳しい話ばかりが耳に入ってきます。東京ではアベノミクスで潤って喜んでいる人もいます。しかし、地方の実態はマイナス方向にシフトしています。そんななか、横手商工会議所の年始の会合に出席しました。挨拶の登壇の際に希望する音楽をかけてくださるということで『鳩ぽっぽ』をリクエストいたしました。

  ぽっぽっぽ 鳩ぽっぽ
  豆が欲しいか そらやるぞ
  みんなで仲良く食べに来い

 …という歌詞に、アベノミクスは結局バラマキ(豆)であるという意味を込めたつもりです。アベノミクスが失敗したら日本は財政的に破綻してしまう、成功するよう野党として、しっかりとチェックしますという事と、地方創生は詰まるところ『人材育成』だという話をしてまいりました。

 1月も20日を過ぎて、ようやく心も落ち着き、ブログを書こうという気持ちになりました。週が明けた26日からは、いよいよ150日間に渡る通常国会が始まります。おかげでだいぶ英気を養うことができました。本年もよろしくお願いいたします。

2015.1.22

遊・学 3000 ~時と豊かに暮らす~

 今から15年前の話になる。秋田県知事になって3年目だった当時、県の新たな総合計画を策定するにあたり、この先どういう視点で進めるのかについて、考えに考えた結果、『「時と豊かに暮らす秋田」を目指して』と題した「あきた21総合計画」を作った。

 策定当時は平成11年(1999年)。21世紀を目の前にして、東西冷戦が終結し、情報通信システムが飛躍的に進歩したことで世界経済が大競争時代に突入した頃で、国際社会のなかでグローバル化に対応することが求められた時期だった。

 総合計画の中心に据えたテーマが『遊・学3000』だった。1年間を時間に直すと8760時間になる。そのうちから、睡眠や食事などの基礎的な時間と学業や労働などの時間を除いた、個人が自由に使える時間は年間3000時間ある。その3000時間という自由時間を学んだり、遊んだり、家族と過ごしたり、ボランティア活動をしたり…各人がいかに工夫し、充実した使い方をするかによって、その後の人生の満足感が違ってくるのではないかと考えた。そして、人生に充実する県民が増えれば、新たな価値観や新しい可能性を見出し、秋田が豊かになるのではないかと考えて提案した。

 しかし、県議会からは「ふざけている」「この不景気に、遊びなどとんでもない」「一体これは何なのか?」等々…非常に厳しい指摘を受けた。バブルが崩壊し、「失われた10年」と言われる平成不況の真っ只中では、「自由時間を活用して、遊んで、学んで、人生を充実させよう」と言っても、「ふざけるな」と言われるのは仕方のないことだったかもしれない。

 このことに限らず、子育て支援税等の政策でも、考え方が世の中の人より10年ほど先走るうえに、説明の言葉足らずで、なかなか県議会の理解を得られなかった私を、現在、消費者庁長官である板東久美子副知事(当時)が秋田を去る時に、「寺田典城という人物像を見ると、あの人に賛成する人もしっかり理解していないようだし、反対する人はなおさら理解していないようだからもう少し見てみたかった」と評してくれた。言い得て妙な一言だ。

 あれから15年。この『遊・学3000』のように、自分の時間を上手に活用することは、仕事に取り組む意欲を高め、文化の向上にもつながり、ひいては日本の活力の源になると思う。地方創生だ、国土強靭化だと、予算をバラ撒いて、将来世代に借金を付けまわすことよりも、一人一人の国民が、時間にゆとりを持ち、人生を豊かに生きることが、この国に新しい発展をもたらすことにつながると思う。

 「女性が輝く日本」と「地方創生」は安倍内閣の目玉のようだが、労働人口の4割近くの人が非正規雇用で、仕事が不安定で賃金が低い現状では、先ずは所得格差を解消する制度の創設と、会社や仕事に一辺倒に従属させられる働き方・生き方から、個々人が時間のゆとりを持てる生き方へと、企業と働く人の意識を変えていくことが必要だ。そのなかでも、真っ先に変わらなければならないのは旧態依然とした国会の在り方だ。

 ここにきてようやく、9月末に国は長時間労働削減推進本部を立ち上げ、過重労働の撲滅や休暇取得の促進等に目を向け始めた。元来、日本人は勤勉な性格で、ひたすら働くことを何よりも良しとする雰囲気があるが、これをキッカケに、人々の意識が変わり、今までとは違う、新しい価値観が生まれ、安定と成長がもたらさせるものと期待している。

2014.10.24

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