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結いの党・メールマガジン記事

結いの党メールマガジン(2014.7.16 Vol.20)向けに寺田が書いた記事を、皆様にもお目にかけたく、転載いたします。

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 アベノミクスは異次元の金融緩和で赤字国債を発行し、日銀に約200兆円もの国債買取をさせている。機動的な財政出動・景気浮揚と称した公共投資では、資材費や労務費の高騰を招き、被災地を中心に各地で入札不調が絶えず、復興が足踏みしている。今の調子で国家財政運営を続けると、借金王国日本は、財政破たんの道に突き進むのではないかと危惧し、怖れている。

 景気は回復に向かっているというが、邪道である日銀の国債買い取りを絞れば、金利が上昇し国債が大暴落する。消費税が10%になっても、その増加分は消し飛んでしまう。そのうえ更に円安が進むと、輸入品の価格が上がり、特に食料やエネルギー(燃料)など生活に必要に物の値段が高騰する。その対策として、食料自給率を上げるための農業政策、省エネルギー社会のいっそうの推進が必要だ。

 異常なインフレで物価が高騰し、低所得者や年金生活者をはじめ、生活が立ち行かなくなってくる人々が増えるとともに、金利の上昇により、国家財政が行き詰る。

 そんな状況と時代に来ているからこそ、安倍内閣がすべきは、財政規律を健全化し、格差社会を解消することだと考えるが、それには手を付けずに、原発再稼働の推進、中国、韓国に対する挑発をはじめ、集団的自衛権や、昨年末の特定秘密保護法案の強行採決などをしている。

 先日、滋賀県知事選挙が終わった。滋賀県民は安倍内閣の暴走に対し、Noの意思を示した。野党もしっかりと連携し、歯止めの効く政治体制を作らなくてはならない。

どうする日本

 日本は世界から戦争をしない国として受け止められている。しかし安倍政権は、集団的自衛権と称して憲法解釈を変え、戦争をする国にしようとしている。我が国は、他国から攻撃を受けた場合は、国民の生命、身体、財産を守るために自衛権を発動して防衛することは許されている。それを、アメリカ等と一緒に組んで、日本と密接な関係のある国を守るために攻撃ができるように変えたいようだ。

 それならば、国会の場で議論し、憲法96条※1に定める手続きを踏んで憲法9条※2を改正するのが筋だ。しかし、この休会中に解釈変更だけで閣議決定して決めてしまおうとしている。

 政権交代後の野党は非力だ。昨年末の特定秘密保護法案もしかり、今回の国会法の一部を改正する法律案ほか2法案もしかり、数の力で強行採決されるという異例な国会運営を許してしまった。また、与党自民党の議員が安倍内閣に対し異論を唱えない・唱えられない事も異常だ。政治家としての理性の喪失がそうさせているのか? 

 あの原発事故、一千兆円もの借金を抱える国の財政問題など、国家理性の喪失により、国民皆で渡ってきてしまったこの深刻な現実を、政治は重く受け止め、変えていかなければならない。

 今この国が抱えている問題は、少子化と人口減少。2031年に枯渇すると言われる年金制度。高齢化時代の医療・福祉・介護などの社会保障の在り方。度重なる補正予算での建設投資。金融緩和と称して200兆円もの国債を日銀が引き受け、蛸が自分の足を食っているような財政の危うさ。第三の矢の規制改革は掛け声だけで先が見えず足踏み状態。地方分権は20年前から言われてきたが、利益政治を堅持したい自民党と、権益を守りたい中央省庁の抵抗で一向に進まない。中国、韓国との軋轢。TPP交渉と農業の再生の問題などなど…安倍政権は色々な問題を休会中に進めようとしている。このような大事な問題は、国会を延長し大いに議論すべきだと私は思う。

 問題点を羅列したが、それぞれについては今後ブロクで述べていきたい。

 自民党の一強多弱のなか、小野党の力ではいかんともし難く、無力感に打ちひしがれることも多々あるが、山積する問題から逃げずに取り組む所存だ。

 国政もそうだが、地元の秋田に目を向ければ、日本一の人口減少と高齢化県でもある。そして、スローガンだけで何も進まない県政。秋田市のなかいち、にかほ市のコールセンター、大型製材工場などについても心配している。秋田のことも追々書いてみたい。

 1月から150日間に渡った通常国会が先週終わった。今回も質問回数が多くしんどかった。(本会議と5委員会等で計27回)

 参考までに、同じ秋田県の国会議員の今国会での質問回数を挙げると、衆議院では、自民党の金田勝年議員が3回、御法川信英議員が0回、富樫博之議員が1回、日本維新の会の村岡敏英議員が18回。参議院では、自民党の石井浩郎議員が4回、中泉松司議員が4回であった。

※1 
憲法96条(抄) この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行われる投票において、その過半数の賛成を必要とする。

※2
憲法9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

首長は万能選手か?

 この頃は選挙の結果で(選ばれた人が)何でも決めることができるという風潮のようだが、これはいかがなものかと思っている。例えば、今話題の集団的自衛権や教育委員会の制度改革の件等もそうだ。選挙で選ばれた首長(知事、市区町村長)に新たな教育長・教育委員の任命権・罷免権をもたせるという。

 教育には、子どもたちを育てるうえで、どちらかに偏らない多様性が求められ、結果が出るまで時間がかかる。だからこそ、政治や信条から中立でなければならない。もし、首長に教育委員会に対して今まで以上の権限を与えた場合、今の安倍政権のように自分に都合の良い人間を選任したり、自分の気に入った教師だけを配置する等の濫用の恐れがある。現在、安倍政権が検討している改革案では、教育の中立性・普遍性が保たれなくなる可能性があり、選挙で首長が代わる毎に教育の現場が右に左にとブレる危険性を払拭できない。

 首長の最大の責務は、住民の安全・安心な暮らしを守ること、つまり「身体・生命・財産」を守ることだ。首長の権限の中には、議会に対する教育長・教育委員の人事提案、教育委員会も含めた組織に対する調整や予算執行などがあり、現行のままでも教育委員会に対して一定の影響力を持っている。

 大津市のいじめ事件での教育現場と教育委員会の隠ぺい体質に端を発した今回の教育改革だが、あれは教育内容ではなく、住民である生徒の命にかかわることなのだから、首長が早急に組織に対する調整力・指導性を発揮して、必要な情報を開示する等の対処ができたはずなのに、それをしなかった事が問題なのであって、教育委員会という組織を変えてしまえば解決だと一足飛びにすることはおかしいと私は考える。

 たとえ民意の結果として選ばれた首長であっても一人の人間である以上、それぞれ得意分野も苦手分野もあり、人の好き嫌いもあるだろう。私自身18年間首長を経験しているが、決して万能選手ではないことは、今までの道のりの結果のとおりである。

 それでも、だからこそ、自分の能力の限界に謙虚に厳しく向かい合い、異なる意見に広く耳を傾け、議論していく姿勢が首長には求められると思っている。

 教育こそ国の根幹をなすものと信じて、教育行政に力を注いできた。知事時代には、全国に先駆けた幼保一元化の推進、30人学級、国際教養大学の設立など、県の教育庁(都道府県の教育委員会のこと)と手を取り合いながら進めてきた。それが今になって実を結んできている通り、現状のまま首長に権限を集中させなくても教育委員会改革は可能だ。

 今の教育委員会改革案では首長に権限が集中しすぎるきらいがある。首長にも色々な考えの人がいる。中立公正を心がける人ばかりとは限らず、選挙の票取りでしか教育を考えないかもしれない。その結果は述べるまでもないだろう。

 安倍政権は、政権交代を果たした選挙結果の勢いそのままに「勝った我々が正しい」と言わんばかりの強気の政権運営を続けており、この度の教育改革の首長への権限集中もそんな意識が見え隠れする。そこには一歩間違えば、国民を危険な谷底に突き落としかねない危うさ・怖さを感じている。昨年末の特定秘密保護法案にはじまり、教育委員会改革や集団的自衛権などなど、安倍政権が暴走しないように、今まで以上に注視していく。

過度なおもてなし ~どうなる日本の財政~

 ソチオリンピックが開幕した。2020年には東京オリンピックがやってくる。『おもてなしの国・日本』をキャッチフレーズに準備に余念が無いようだ。「おもてなし」という言葉を耳にして、ふと考える。日本は、国民に対して財政力以上の「おもてなし」をし続けて、世界一の借金王国になった、と。

 行政サービスは「ゆりかごから墓場まで」と言われるように、きめ細かな制度が整っている。その全てがとは言わないが、おらが町の首長や議員に住民が要望し、議員の要望に沿って役人が制度を作ってきた事の繰り返しと積み重ねの結果でもある。

 しかしその裏で、票欲しさに中身を精査せず要望に応える首長・議員、彼らを取り込んで省益を満たしたい官僚、既得権を守りたい業界の三つ巴で手を取り合う利益政治が続いてきた。

 制度が未整備だった時代、経済が右肩上がりで税収が伸び続けた時代は、行政サービスが増えていっても何とかなった。だが今はどうだ?

 2月3日の日本経済新聞の特集記事では、世界各国で借金が増えるなか、日本は先進国の中でも突出して借金が多く、GDP(国内総生産)の2.4倍。人口一人当たり約880万円の借金になるという。

 毎年これほどの借金を積み重ね、更に、高齢化の進展で社会保障費は年間1兆円ずつ増加していくと言われて久しいのに、住民は行政サービスにコストがかかっているとは考えず何でも役所頼み、地方は国頼みで交付税・補助金を減らさないでくれの一点張りで自立しようとしない。相変わらずの利益政治・口利き政治が横行し、自分の所にさえ金が来れば良いと、国の財政のことなどお構いなしだ。

 これほどの借金王国に誰がした?…と言うかもしれないが、これは全ての国民に等しく負担が伴うことであり、今こそ互いに真剣に国家の財政問題を考え、本気で借金を減らす努力をしなければならない。

 それなのに、安倍政権と与党は高い支持率を背景に相変わらずの大盤振る舞いだ。このままの舵取りで、東京オリンピックを迎える2020年のプライマリーバランス※1の黒字化達成が本当に可能なのかと問いたい。

 戦時中、「一億玉砕火の玉だ」というスローガンがあった。今から考えれば信じられないだろうが、当時、大多数の日本国民はそれを当然のことと受け止めていた。「一億玉砕」はポツダム宣言※2の受諾によって回避された。このまま突き進めば日本の財政は「一億玉砕火の車」になってしまう。日本の財政破たんを止めるポツダム宣言は果たしてあるのだろうか?

 秋田には「ホジつける」と言う言葉がある。一般的な日本語に直せば、「(幻覚から)目を覚ます、気が付く、正気になる」といったような意味だ。
やんべホジつけねばならねぇどさ来てら。
(=いい加減に目を覚まさなければならないところまで来ている)
この言葉を安倍政権に届けられるよう、今国会も奮起したい。

※1【プライマリーバランス】基礎的財政収支とも言う。国や地方自治体の一般会計で、歳出の総額から公債費(借金の支払い)を除いたものと、歳入の総額から新たな借金(公債などによる収入)を除いた収入との収支のバランスのこと。「プライマリーバランスがプラス」と言うと、その年の支出は借金に頼らずに税金などの収入でまかなえ、「マイナス」と言うと、借金しないと一年間の必要経費がまかなえないことを意味する。

※2【ポツダム宣言】1945年7月26日、米・英・中3国が日本に対し、軍の無条件降伏を勧告した対日共同宣言(ソ連は8月8日に参加)。当初、日本政府はこれを無視したが、広島への原子爆弾投下、ソ連の対日宣戦、長崎への原子爆弾投下をうけ、ようやく受諾し、第二次大戦が終了した。

変われない日本

 12月24日、来年度予算案が閣議決定された。これを基に年明けから国会で議論され予算が成立することになる。自民党政権になって以来、国土強靭化と称して公共投資を優先させている。消費税等の増税で国民に負担を求める一方で、相変わらずの大盤振る舞い・バラマキ予算だ。これでは日本の財政が破綻に向っているように思える。

 同じ日の新聞紙面には、三陸の被災地の防潮堤建設に地元住民から見直しを求める声が高まっているという記事が載っている。今年9月、1993年に起きた北海道南西沖地震で大きな被害を受けた北海道の奥尻島に行き、災害から20年後の姿を見てきた。津波被害が一番大きかった青苗地区の巨大な防潮堤に対し、人の住んでいない海岸沿いの道路から見える波打つ岩の美しさや海の深い青が印象的だった。奥尻町では、生業を絶やさない事、住民が安心して暮らせる島にする事で、島の人口を減らさないようあらゆる努力をしてきた。防潮堤も必要だが、漁業や観光も島の大事な財産であり、海浜を維持することは生業の維持でもあるからだ。それでも被災前の島民4,500人に対して、現在の島民は3,000人を切った。20年経ち、防潮堤近くの民家には人の気配が無い家もあり、大きな防潮堤が果たして必要だったのか? 海は海らしくある方が良いのではないか?と島を一回りしながら感じた。

 こういう言い方は、被災された方々には不謹慎と受け止められるかもしれないが、3.11の東日本大震災とその後の福島第一原発事故が起きた時、あまりにも広範な被害の状況を知って、今までの制度ではとても対応し切れないと思った。この状況に対処するには、新しい仕組みが必要であり、ここから新しい日本を組み立てなおすことができるのではないかと期待した。

 しかし、現実には何も変わらなかった。「未曾有」と言われる災害であり、人的・量的に手一杯で、とても新しい仕組みを考えるどころではなかった面もある。一国会議員として力が及ばす歯痒い限りだ。

 アベノミクスで景気を回復しデフレから脱却すると安倍総理は仰るが、生活格差の拡大は止まらない中で、旧来の自民党のままの大企業重視や、一部の人だけが恩恵を受ける政策、公共投資の拡大、原発再稼働…等々が見え隠れする。

 非正規雇用で不安定な生活をしている人が約4割に達し、年収は平均160万円と言われている。農業政策もTPPを目前にして、生かさず殺さずの中途半端さが目に付く。機会(チャンス)の平等を与える支援や、成長するための競争と再起のためのセーフティネットを併せて整備するような金の使い方なら理解もしようが、自民党には「出(いずる)を制する」という視点は無いようだ。増税したうえに借金に借金を重ねていくような予算原案は受け入れ難い。

 東日本大震災の被災地では、防潮堤に限らず、地元住民の意識と行政の思惑の乖離が広がっている。身の丈に合わせた復興が必要であり、住民の声に謙虚に耳を傾けなければならない。それは被災地ばかりでなく日本全体にも言える。

 日本の将来のために今すべきは、財政健全化に努めることだ。しかし、3.11であれほどの痛手を被ったのに、この国(の立法・行政)は何も変わらず、政権与党は財政の立て直しについて目をそらし続けている。このままでは現実に財政破綻するまで日本は変われないのかもしれない。かつて自治体の財政健全化に取り組んできた者として及ばずながら力を尽くしていきたい。

P9212518
奥尻島のシンボル・鍋釣岩
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