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6年間、ありがとうございました。

 先月の7月25日をもちまして、皆様にお支えいただきながら、参議院議員としての6年間の任期を全うすることが出来ました。心から感謝申し上げます。50歳で横手市長に就任してから今日まで26年間、体調を崩すなどで仕事を休むこともなく来られたのも天の恵みと感謝しております。

 6年間の任期の中では、東日本大震災、福島第一原子力発電所事故が発生。福島県をはじめとして東北地方は甚大な被害に見舞われました。そして、国と地方の借金は1千兆円を超え、税と社会保障の在り方や、東京一極集中と地方の過疎化の問題をどうするのかなど、次々と様々な課題に迫られました。

 地方自治体での経験をもって足を踏み入れた国政の場で、懸案だった地方自治法の改正などにより、公立大学(国際系学部)に対する地方交付税を倍増。附属学校を持つことを可能にいたしました。地方自治体から国の大学等の機関への寄附も可能にいたしました。2005年の平成の大合併等により、自治体が持ち過ぎた資産を処分するために減損処理をする地方債の発行も実現いたしました。公共団体で働く非常勤・パート職員いわゆる官製ワーキングプア問題の解決や、地方公務員の高齢者部分休業の実現等もいたしました。また、2013年の消費者問題に関する特別委員会・委員長の時には、特定秘密保護法案審議の騒乱の陰で、7年間棚上げされていた集団訴訟法(消費者の財産的な被害の集団的回復のための民事の裁判手続きの特例に関する法律)を、野党の委員長でありながら委員長職権を発動して成立させ、消費者の保護にも努力いたしました。

 その一方で、我々野党の力不足で、特定秘密保護法案から始まる安保法案の成立をはじめとする与党・自民党の暴走を許してしまいました。

 国会の代表質問の場でも、日本には「三つの国家理性の喪失」があったと申し上げました。一つは、国民が軍部の暴走を止められなかった太平洋戦争。残りの二つが上に挙げた、「作り上げられた」安全神話による「人災」とも言える原発事故と、1千兆円を超える借金です。福島のあれほどの悲惨を経験してもなお、核燃料の最終処分の道のりも決まっていないのに、政府は再稼働に踏み切りました。1千兆円の借金も、経済政策を重視する舵取りの中では歳出削減は顧みられず、歯止めが掛からない状況が続いております。

 そのような状況のなかで、日本の国全体がなんとなく凋(しぼ)んでいくような閉塞感に満ちている感じがして、日本の将来を考えた時、どこかでこの閉塞感に歯止めを打ち、「出口のある政治」を実現しなくてはと、本会議の代表質問をはじめとした180回以上に及ぶ委員会質問など、国会内外での活動を通して努力して参りましたけれども、一国会議員に過ぎない私が出来る事の限界も経験し、己の無力に強いストレスを感じ続けました。政治家として一番しんどかったのがこの6年間でした。

 私が横手市長だった90年代前半、国の借金は270兆円程度でした。それがどんどん膨らんで知事を退任する2009年には750兆円位になっていました。社長から市長、知事として「竈(かまど)を預かる」責任を担い、財政健全化を実行して来た者として、これをどうにかしなければ国も地方も共倒れして国民の生活が立ち行かなくなる。そのために何か出来る事をしなければならないと、知事を退任した後も考え続け、6年前に「次の世代に責任を持つ会」を立ち上げたことが参議院議員への立候補につながりました。

 残念ながら力の及ばないところが多々あった事は申し上げた通りですけれども、地方自治と国政の両方を経験させていただいた立場を活かし、今後は「次の世代に責任を持つ会」を足場にして、先ずは、国政での6年間の経験を記録する事と、1千兆円を超す借金の実態とその対策について考えをまとめたいと思っております。

 人間は「何になるか」ではなく「何が出来るか」だと考え、これまでやって参りました。これからは自分の人生の集大成として、皆様から与えられた経験を活かし、私なりにこの国に対して、また、衰退し続ける地方に対して出来る事を模索し続けながら政治に携わって参りたいと考えております。今後とも引き続きご支援くださいますよう、よろしくお願い申し上げます。

寺田典城

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