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講演録「形あるものは必ず壊れる」 14

 7 高速道路~「タダが一番いい」

 次は高速道路の話をさせてください。これまで秋田県は高速道路を次のような二本柱でつくってきました。その点で秋田県は特殊な県だと思います。一本目は普通に日本道路公団がつくる方法。これなら県は建設費用を負担する必要がありません。受益者負担の原則で高速道路の利用者が料金を払いますから。しかしながら、しばらく前から道路公団は不採算区間は原則つくりません、という方針になってきました。その結果でもありますが、秋田県では県内路線の約6割は道路公団が施工しましたが、それ以外は建設省、今の国土交通省直轄で「A’」という方式で建設しました。これが二本目の柱です。

 この方式だと県の負担が実質20%ぐらいになりますが、その負担をしてでも秋田県は早くつくりたかったのです。横手から湯沢は建設省直轄事業です。大館西道路もそうです。これらは税金でつくっているので、利用料金はタダなんです。最後の方で少しだけ道路公団が舗装してしまったものだから、横手の方はちょっと料金を取られますが、数百円にすぎません。

 私は「高速道路」なんて立派なものでなくても「自動車専用バイパス道路」で良いと思っています。私はその意識でいます。最近では道路公団の民営化の関係で不採算区間はやりません、となったものですから、県が実質10%負担する「新直轄」方式が出来ました。秋田県では小坂から大館までがそうです。岩城~本荘間もそうです。本荘以南はみんな国土交通省直轄ですね。ですから、これから秋田県がつくる道路はみんな無料になると思います。

 考えてみてください。高速道路の料金が無料ならば横手市から秋田市への通勤だって可能になります。これはものすごい経済効果を生みますよ。秋田県は東京・神奈川・埼玉・千葉の首都圏4都県を合わせた広さより少しだけ狭いぐらいの広大な面積があるのです。そして鉄道もあまり無いですから、自動車の依存率は96%。全国平均は75%ぐらいですよ。圧倒的に自働車社会です。ですから私は過疎地と申しますか、秋田のような地方部では、地域の発展のために高速道路料金はできるだけ低減するか無料で開放した方が良いと思います。

 有料にしてもどれだけ稼げるというんですか、もちろん東京のように採算がとれる所は料金を採れば良いのです。少なくとも秋田で求められているのは「ハイウェイよりフリーウェイ」ということだと思いますし、道路規格は少々見栄えが悪くても「秋田スペック」で大丈夫だと思います。

《15に続く》


※名称・敬称等は当時(平成16年11月)のままです。
※次回は3月2日に公開いたします。

講演録「形あるものは必ず壊れる」 13

 6 農業~「食の三位一体」

 その他の課題としては、秋田県は農業に力を入れていかないといけません。今では「地産地消」はすっかり定着しました。「トレーサビリティ・システム」も畜産ではかなり普及しましたし、野菜も誰がどこで作ったキュウリなのか、分かるようになりました。これからは、更に「食の三位一体」として進めていくつもりです。

 秋田は食糧自給率150%なんです。これには自信をもっていい。でもこれまでの「コメだけ」では駄目ですね。畜産、果樹にももっと力を入れなければ。これも地域に合った農業が必要です。

 秋田の農産物は質は高いのですが、ロットが小さすぎて市場まで届かないのです。もっとマーケティング戦略、ブランド戦略などが必要です。リンゴだって青森より秋田の増田や平鹿の方が美味いのにね。

《14 に続く》


※名称・敬称等は当時(平成16年11月)のままです。
※次回は2月23日に公開いたします。

講演録「形あるものは必ず壊れる」 12

 5 タテ割りを超えて

 全国に先駆けて県庁に「幼保推進課」を設置しました。幼稚園児にも保育が必要な場合があるし、保育所の幼児にも教育が必要です。しかし、国の制度が幼稚園は文部科学省、保育所は厚生労働省と分かれているものですから、一緒にやろうとすると大変面倒な手続きに悩まされることになります。これも実は地方分権が必要な分野なのです。各市町村長にとって、そして幼児のお母さん方とっては幼稚園と保育所の区別は必要がありません。単に国の役所の管轄が分かれていて、それぞれに有力な国会議員が応援団でくっついているから、なかなか一緒にならないのです。 このように、国にとっても、県にとっても、効率化を進めるうえで「タテ割り」は大変な障害になっています。国がタテ割りを止めることで、地方もみんなタテ割りを解消することが出来ます。長い年月を経て、そういうシステムになってしまっているのです。国がタテ割りを止めないのなら、地方が自立して解消するしかありません。

 また、秋田県ではこれも全国に先駆けて少人数学習、30人「程度」学級を導入しています。これは「30人学級」ではないのですね。「30人程度学級」なんです。どうして「程度」が入ると思いますか? 実は文部科学省の基準では「1クラス40人」なんです。「30人学級」は認めていなかったのです。だから、県ではそれを通すために「30人『程度』学級」としたのです。これなら文部科学省も文句は言えないだろうと。国は1クラス30人にして余分に先生を付けても予算を加配できなかったのです。県ではチームティーチングといって、1クラスに複数の先生を付けて指導する手法を、国の計画を前倒しして導入しましたが、あれは全て県の予算でやっています。10数億円でしたか。臨時署員を含めて4~500人ぐらい増やしたと思います。その結果、秋田県の教育の現況としては、国の基準に対する教職員の割合は全国5位の充実度です。児童・生徒1人あたりの教育費は小学校では全国6位、中学校では全国12位です。ちなみに不登校児童生徒数も少ない方から6番目です。それから、これからは英語や数学は複数の先生が付いてきめ細かく指導しないといけないとか、総合学習の時間は外部から一流の人を招いて授業をするなど新しい時代に合った教育が必要だということを付け加えておきます。

《13 に続く》


※名称・敬称等は当時(平成16年11月)のままです。
※次回は2月16日に公開いたします。

講演録「形あるものは必ず壊れる」 11

 教育~人材づくりこそこれからの行政課題

 一番重要なのは教育だと申し上げました。教育水準を上げることを目的に「あきた教育新時代創生プログラム」を作って検討を進めていますが、学校統合なども含まれていて随分もめています。秋田県には小中学校が約450校あります。小学校は約300校です。そのうち、どこかの学年に単学級しかない小学校が約70%だそうです。例えば100校を統廃合して削減すれば、100人の校長、教頭を削減できます。それ以外にも教職員は小さな学校でも1校10人近くいるわけです。これが100校減れば1000人削減になりますね。ただし、学校の統廃合は「教育力を落とさないこと」。それが条件です。

 増田町の4つの小学校をひとつに統合したら、子ども達の目の色が変わってきたと聞きます。子ども達が元気になってきたと。新しい友達が出来たと。新しくて面白い先生が来たというのです。大変な活性化につながったといいます。私の考える理想を言えば、小学校の場合、1学年で最低2クラスは必要だと思うのです。そうなればクラスで対抗することも出来ます。クラブ活動の種類も増えます。それが強くて魅力のある学校だと思います。これが小中学校の統廃合のひとつの理由です。その一方で、通学については市町村ごとに考えて工夫が必要です。例えば、アメリカでは40km四方の地域をスクールバスが走り回っているとも聞きます。日本でも10km四方ぐらいならバスで対応できるのではないでしょうか。

 それから、これからは単に教育水準を上げるだけでなく、個性豊かな子どもを育てる必要があるのですから、生徒が多種多様な先生に出会える環境を整えるべきです。これによりその子どもに合った教育をおこなう可能性が広がります。その意味でも、あまり小さな学校ではなく、ある程度は規模のある学校を子ども達に提供してあげるべきです。

 県南の矢島町は教育熱心な土地柄で有名ですが、やはりここも高校の存続が難しくなってきた地域です。しかし、ここでは小中一貫校といいますか、小中一貫校に高校を併設するような形での生き残りを図っています。私はそれでも良いと思います。矢島の辺りにも高校がひとつぐらいは必要でしょう。私はどこでもなんでも統廃合すべきとは思ってはいないのです。残すべきところには残す。しかし生き残るためには地域で知恵を絞る必要があります。

 上小阿仁村は合併せずに自立を選択しましたが、人口3000人ぐらいで赤ちゃんが年6~7人くらいしか生まれなくなっています。これでは小学校さえやっていけません。自立するとしても小学校はとなりの市町村に委ねて通わせるなどの工夫が必要になってきます。少子化が進めば小さな町村では小学校は持てない、そういう社会になってくるでしょう。

 そういうことを見越せば、PTAや同窓会の方々が「子どもにとって何が幸せか」ということをもっと考えなければならないと思います。学校の統廃合案を出したところ、ものすごい反対が出てきています。もちろん同窓会が「母校の統廃合反対」と叫ぶことは理解できます。当然の反応だと思います。住民が「地域にとってなじみのある学校が少しでも長く存続して欲しい」と考えるのも良く分かります。

 しかし、学校の主役は子どもです。子ども達にとって良いものを提供できる。パワーのある学校でなければなりません。ずっと時間が経って、もうパワーのかけらもない、誰からも相手にされなくなった学校を統廃合するのは悲劇です。まだどの学校もパワーがあるうちに、力のある学校をいかに作るか、計画を立てておかなければなりません。こういう話をすれば、同窓会の人はともかくとして、子どものお母さん方はウンウンと頷いてくれます。先日、能代市が地域の5つの高校を3つに統合する意思決定をしました。だんだん分かっていただいていると実感しています。

 だって現在、小学校に入学するのが年間1万人だとすれば、7~8年後には8千人台になるのです。最近の秋田県の出生数は8600人ぐらいのはずですから。そういう時代なのです。時代に合わせていかなければなりません。

 最近、横手市に中高一貫校が出来ました。その一方で、伝統のある横手工業高校は閉校となりました。私も横手に家がありますからよく分っていますが、あれだけ駅前の便利の良い場所に建っており人気もあった横手工業ですが、最近は定員割れ。やはり時代に合わないカリキュラムだったのでしょう。このままこれを引きずっていってはこの学校が全く駄目になってしまうと判断して、中高一貫校の横手清陵学院という全く新しい学校にしてしまいました。

 新しい時代の中で「形あるものは壊れていく」ことは避けられないのです。湯沢でも高校の統廃合で大騒ぎです。文句が出ることは良いことです。そういう議論の中で、聖域なき改革といいますか、教育も警察も含めて改革が進んでいくのだと思います。どちらも「教育力」「警察力」を上げるためには必要な改革です。

《11に続く》


※名称・敬称等は当時(平成16年11月)のままです。
※次回は2月9日に公開いたします。

講演録「形あるものは必ず壊れる」 10

 環境~「水と緑の秋田」の回復

 それから、これからは環境が大事ですね。私は「水と緑の条例(秋田県ふるさとの森と川と海の保全及び創造に関する条例)」というものを作りました。これには私の個人的な考え方も若干入っていると思います。私は山登りが趣味なので、知事になってからも県内をよく登山して回っています。また、カナダのバンフ(世界遺産)などにも行って向こうの山も見て来ました。山に登りながら色々考えて「秋田県を50年かけて秋田の生態系に合った水と緑の県に戻そう」と決意しました。

 秋田は拡大造林政策に乗ってスギの植林をそれはそれは一生懸命にやったのです。当時はスギにとても価値があったからそれはそれで良かったと思います。昔の人のことを悪く言うつもりはありません。しかし、いまは緑は経済的な価値以外の、生態系の維持・回復という機能が重要で、自然保護の観点が見逃せなくなっている。これを抜きにしては行政も語れなくなっています。「21世紀は環境に対する償いの時代」という言葉がありますが、まさにそうであると感じます。この「50年」の根拠ですが、子どもが親のやったことの成果を見ることが出来るのがこのくらいの長さだからです。いま取り組めば、子や孫の世代がその成果を見てくれるでしょう。だから県民もイメージしやすいはずです。

 具体的に言いますと、秋田県はスギの人工造林を23万ヘクタールも推進していました。正直申しまして、これにより生態系を本当に壊しています。スギに合わないところまでスギを植えてしまっている。標高400~500メートルのところまでスギを植えています。しかし、青森側はきちんと純粋なブナ林です。この状態は、猿や鹿といった生き物への影響だけでなく、保水力など様々な面で生態系を乱しています。では、なぜ青森側は原生林が残ったのか。なぜだと思いますか? スギは植林できるけれど、ヒバは植林できないからだそうです。青森の木はヒバということですが、あまり植林に成功したことがないらしいです。自然に落ちた種子からしか育たないそうですね。元々あった生態系を傷つけてしまった秋田の反省として、ブナが良い所はブナ林に、混合林が良い所は混合林に、という形で生態系を回復したい。というのが「水と緑の条例」の趣旨です。

 それから森林県の知事として地球環境税についても触れさせてください。私は全国知事会では商工業と農業関係の委員会の委員長を拝命しています。しかし環境税については、完全に農業派と申しますか、産業界が反対している環境税について導入大賛成を唱えさせていただいています。ここはグローバルな視点を持つべきです。京都議定書の発効も控えています。国際公約を達成し、地球環境を守るために、豊かな森林を守る環境税の仕組みは必要だと考えています。

《11に続く》


※名称・敬称等は当時(平成16年11月)のままです。
※次回は2月2日に公開いたします。

講演録「形あるものは必ず壊れる」 9

 秋田県の情勢努力の結果

 全国の都道府県の人件費比率は、大体平均30%ぐらいだそうです。しかし、秋田県は平均23.7%(平成14年度決算)です。全国で低い方から3番目です。それでも民間から比べたら「濡れたタオル」だと思いますよ。これをまた絞っていかなければなりません。その一方で、公債費負担比率は28%と全国で低い方から2番目です。これは、それこそ秋田新幹線こまちを作ったり、温泉を掘ったり、過去にたくさん仕事をしてきたわけで、その借金をせっせと返しているということです。投資したことに対しての善悪は後世の方が判断すれば良いことだと思います。とにかく借金は一生懸命返しています。

 私が知事になって7年になりますが、以前の計画で決まっていた事業がまだ残っています。私が着任した時に、図面まですっかり出来上がっていました。最近になってようやく終わりそうです。以前の秋田県の計画というのはものづくりの計画だったのです。「ものづくり」をどうしてやるかではなく、「ハコモノ」をどれだけ作るかの計画でした。私の場合はそういう計画は作っていません。ソフトの計画だけです。私が作った箱モノというと…中高一貫校ぐらいは作ったかな、という程度です。他には秋田市内の警察署を2つに分けたりしました。県立体育館や県庁の第二庁舎は全て以前からの計画に載っていたのでやりましたが。芸術劇場などの構想は止めさせて、作らざるを得ないものもコストは遠慮なしに値切りました。県のゆとり創造センターは図面ごと撤回させて、5年以上も議論して、木造の「遊学舎」に変更させました。コストは大幅に下げましたが、素晴らしい建築になったので、地域のNPOの拠点としてよく利用してもらっています。それぐらいでしょうか。今春できた国際教養大学は従前からあった施設を再利用していますので、施設費はたった11億円しかかけていません。最後に残った大型プロジェクトは秋田中央道路ですね。行政は継続性が大事な面もあるので、当時私も継続を決断しました。しかし、今でもなお一層のコストカットに務めています。

 いずれにせよ日本の地域計画というのは、どこでもものづくり計画になっていました。日本の国土計画も「橋をこのくらい造ります。道路をこのくらい造ります」というのが主体の計画でした。今日ご出席の自衛隊の方を例に採れば、装備計画がすべての中心だったのです。これからはもっと戦略的なことが中心になるのでしょう? 防衛白書などを読むと、これからはテロ対策が主体になるのかどうかとか、隊員を12万人に削減すべきとも言われていますね。同じ時代の流れにあるのではないですか。

 4 これからは、教育・健康・環境

 それはともかく、これからの県政はものづくり計画ではないと思いますね。一番重要なのは、人材づくりと教育だと思います。次に、健康づくり。それから環境といいますか、生態系にあった県土づくりが大切です。

 健康~「介護のいらない高齢者づくり」

 「秋田県健康づくり推進条例」というものも作りました。ここには生活習慣病の予防などいろいろ書いていますが、要するにやりたいことはこういうことです。県の施設でリハビリセンターというのがあります。ここで取り組んでいるのが「介護のいらない高齢者づくり」です。適切な運動をすれば機能回復も出来るのだそうです。そのために高齢者の筋トレなどもやっています。介護認定を受けない老人を増やしていこうという県民運動を県民の健康づくりの基本に考えています。これからはいかに寝たきりを減らして社会的に生きてもらえるか、ということが大切になってくると考えています。私だって暇を見つけてはウォーキングに励んでいるんですよ。
《10 に続く》


※名称・敬称等は当時(平成16年11月)のままです。
※次回は1月26日に公開いたします。

講演録「形あるものは必ず壊れる」 8

 地方行政に職員は何人必要か

 さらに、市町村に対して「人口1000人あたり職員7人でやってください」と言っています。県庁は今は「人口1000人あたり職員4人」ですが「人口1000人あたり職員3人」でやる必要があります。県人口が現在116万人ぐらいですから、平成23年度には3500人体制が必要となります。組合とはまだ協議中ですが、実現するでしょう。断行しなければ秋田県は生き残れない。そのように考えています。県庁と市町村の役場を合わせた数で「地方公務員は人口1000人あたり10人」これが適正なレベルだと思っています。

 秋田県市町村要覧(平成16年度)という県でまとめている資料がありまして、いま手元にあるので見てみますと、各市町村の人口1000人あたりの職員数も掲載されています。秋田市で7.53人ですね。能代市は9.2人。横手市は6.84人です。私はかつて横手市長で「職員を300人にする」と言って頑張ってきたのでこの数で収まっています。自分でも経験してきたから分かるのです。もちろん条件としては、住民サービスのレベルを落とさずにいかに成し遂げるか、が重要です。

 そうして見ていくと、小坂町で人口1000人あたり13人以上。こうなると、合併しないで7人レベルに出来るだろうか?と疑問符がついてきます。大潟村は意外と財政力はあるし、人口も3000人ぐらいしかいないのですが、ここも18人以上。南外村なども18人以上いる。大体どこも12~3人はいるのです。これらの市町村がいかにして、この10年ぐらいで歳出の3割カット、人員の3割削減をしていけるのか。県庁と同じで、新規採用を抑えることで年1%ぐらいの人員カットは出来ると思うのです。年3%ぐらいは自然退職していくのですから

 何でも削れば良いということではない

 そのような行政改革を推し進めるとしても、削れないところもあります。それは、教育です。ここ5年間で、県行政の予算は6%削減されました。申し訳ないですが、特に削られたのが建設関係、公共施設関係です。5年間で25%カットです。人員も5年間で15%も削りました。

 その一方で教育は全く削っていないのです。むしろ増えているはずです。県は生き残るために必死の行革を続けていますが、これからの人材を育てていくことは、これからの行政にとって最も重要だと考え、教育にはそれなりの配慮をしているつもりです。

 どうなっても生き残れるように

 ともあれ、必死の行革をしているのはなぜでしょうか。今の三位一体の改革だって本当に求めている形になるかどうかは分からないと考えています。しかし、どんな事態になっても生き残っていける行政体を作ること、それが私に課せられた使命であると思っています。

 ですから、まちづくり計画を作っていただいている市町村長の方々にもこう申し上げています。「今すぐにそうはならないかもしれないが、近い将来、必ず税源移譲など三位一体の改革の形が実現する世の中になる。しかし、それを当てにはせずに、どう変わっても行政サービスのレベルを下げずにやっていける市町村行政を確立してください」と。

《9 に続く》


※名称・敬称等は当時(平成16年11月)のままです。
※次回は1月19日に公開いたします。

講演録「形あるものは必ず壊れる」 7

 3 県の行政改革、市町村の目指すところ

 秋田県ではこの12月議会(平成16年)に条例を提出して、県から市町村への大幅な権限移譲をおこないます。いきなり「全部やってくれ」と言われても市町村も困るでしょうから、数年間かけてメニューをこなしてくれと言ってあります。県庁から人も出しますし、お金も出しますと言っています。秋田県のやり方は「県は市町村のサポーター」という立場に徹する、ということなのです。

 それに加えて、一昨年に発足した地域振興局の局長に契約などの権限をほとんど持たせました。県庁の支部である地域振興局単位で県庁のほとんどの仕事が出来るようにしています。市町村は県庁まで来ることなく、近くの地域振興局にすぐ相談して、アドバイスを得られる状態にしています。

 行政コストの3割カットでも耐えられる行政を

 しかし、市町村合併で例えば横手・平鹿郡が一つの市になると、それと同じ範囲の地域局があるのもおかしいですから、現在8つある地域振興局も今後は3つぐらいでいいということになります。そうなるしかないんです。そうなると秋田県庁にかかっていた5000人の職員は3500人でいいのではないか?となってきます。現在は既に4200人ぐらいです。1年に2%以上ずつ減員させていって縮減しています。毎年3%は退職して辞めていきますから、新規採用を1%に抑えれば可能です。

 そして、行政コストは昭和63年頃のレベルまで落とす必要があると考えています。あの時代は県予算が約6000億円程度です。地方交付税だって今は2400億円ぐらい来ていますが、将来は1600億円ぐらいしか国は払えない状況なのではないですかね。

 ですから、秋田県は三位一体の改革でどんな改革がなされても対応できるように考えています。交付税が将来3割削減されることは覚悟しておかなければなりませんから、3割カットされてもやっていける体制にしておかなければなりません。

 既に、合併していく市町村にも自立する市町村にも皆にこう言っています。「10年計画の中で歳出を3分の1ぐらいカットしてください」と。人員も3割ぐらいコストを切り詰めていかなければならないと思います。民間企業でも今は「資産は持たない、人は雇わない」という「身軽経営」がもてはやされています。いざ動く時に機敏に動ける、そして何より、生き残るための「身軽経営」が行政にも求められています。

《8 に続く》


※名称・敬称等は当時(平成16年11月)のままです。
※次回は1月12日に公開いたします。

講演録「形あるものは必ず壊れる」 6

 2 三位一体改革の意味

 地方分権を進め、自己決定・自己責任の仕組みを作るには、三位一体の改革推し進めるしかないと思っています。税源を住民税にして税率を上げ、3兆2千億円の補助金を削って、3兆円の税源移譲を受ける。あとは地方交付税をどうするのか、という問題になります。

 昨日も、地方の1万人総決起大会ということで東京の武道館に行って来たのですが、実際のところ結論がどうなるのか皆目分かりません。誰も分からないと思います。おそらく小泉総理(当時)も、まさにいま一生懸命考えているのではないですか。

 しかし、この結論いかんでは「何のための地方分権一括法だったのか」ということになります。私から言わせますと、現在の世の中は「主権在民」ではなく「主権霞が関」になっています。三位一体の改革を進めると、国の役所が「自分たちの権限がなくなる。配分する予算がなくなる」そういう感覚なんですね。たとえば幼稚園をつくる時もそうですし、農業予算をどこにつけるかを決める時もそうです。何をする時も「自分たちの決裁がなければだめだ。資料を送れ」と言うのです。この国の許認可に係る資料作りというのは、市町村にとって大変な負担になっています。市長時代の私の経験では、市役所の事務作業の3割は国に対する資料書きです。これがなければもっと市民に向かい合った仕事が出来るのに…と何度も思いました。

 私は県民にも同じ説明をしているのですが、このように3色の下敷きを用意します。赤は赤字の国、緑は緑豊かな秋田県、白は市町村です。この3枚がそれぞれ重なって、その重なった部分が国・県・市町村の権限の重複を表しています。これは余分なコストそのものですね。見れば分かるように大変な仕事の重複をしながら仕事をしているのが現在の三層制の行政なのです。

 特別養護老人ホームを造るにしても、国から「木造なら2階建てはだめ」とされていて、何でも詳細に決まってしまっています。どうしてだめなのか。一応の理屈はあるのですが、全く理解できない。聞いたところでは、お酒の作り方だって、西日本と秋田とでは違うそうです。なんでも全国一律というわけにはいかないでしょう。

 これからの国はグローバル化した世界を相手にして、やる事がたくさんあるはずです。外交・防衛・通貨、大きな意味の環境などどんどん複雑化している分野です。中央がそうした仕事に専念すれば、地方は地方で自立していただく、ということになります。そうなるとコストの面から400万人の公務員がいる現状を考えないといけなくなります。

 今回の三位一体の改革の結論がどうなるかは分かりません。国や政府・与党は引き延ばしだとか、足して2で割るだとか色々な手法をやってくるけれど、地方分権一括法をキッチリ読んでいれば、三位一体の改革をやらざるを得なくなるはずです。整合性がないもの。地方分権と三位一体の改革は不離一体なんです。

 「形あるものは必ず壊れる」というのが今日の演題ですが、地方分権を進めたら壊れざるを得なくなった、というのが現在の状態です。市町村行政というのは、人が生まれてから、母子手帳、出生届、乳児健診、幼児健診、義務教育、成人病検診、介護保険から死亡届まで。防災関係もそうですね。先日の新潟中越地震もそうでしたが、避難指示など災害対策の主要な仕事は市町村が担っています。県も口は出せますが、あくまで中心は市町村です。行政の基礎を担う市町村が行政の中心になるべきなのに、各省庁もそれに協力する国会議員も自分の仕事がなくなるのが困るのでしょうか。いつも地方分権については総論賛成、各論反対ですね。

《7 に続く》


※名称・敬称等は当時(平成16年11月)のままです。
※次回は年明けの1月5日に公開いたします。

講演録「形あるものは必ず壊れる」 5

二. 生き残るために何をすべきか

 1 地方分権の意義

 またイタリアの話に戻りますが、イタリアはピエモンテ州とかプーリア州だとか、各州がしっかりしていて、それぞれが競争を繰り広げています。地方分権がしっかりしている印象があります。

 南イタリアにも行って来ました。宿泊したアマルフィやソレントといった所は観光地としても有名ですね。男鹿半島をさらに大きくした所、というイメージでしょうか。ヴェスヴィオ火山のあるナポリが本荘市だとすると象潟町みたいな位置にあります。男鹿半島より断崖絶壁のスケールが大きい印象を受けました。

 そこで改めて感じたことは、日本の道路はどうしてあんなに立派に作っているのだろう、ということです。アマルフィでは、1.5車線もないような道路がくねくね曲がりくねっています。日本の高コスト体質というものを逆に実感しました。日本人は野菜も曲がった野菜はだめ、道路についても実に画一的。

 ですから帰国した時、私はすぐに県の建設交通部長に「イタリアに行って見て来い」と言いました。あの細いくねくねとした道を大型観光バスが行き交っているわけです。もちろん事故や渋滞とか色々問題があるのかもしれませんが、それはそれでなんとかやっているわけです。今あるものをきっちり使う、というのがこれからの地方分権のあるべき姿だと思うんですね。

 平成12年4月1日から地方分権一括法が施行されました。「自己決定、自己責任の下で物事を進めなさい」ということになったのです。そのあと出て来たのが、市町村合併です。現在もめているところもありますが、うまくいけば県内69市町村が21市町村になる可能性があります。

 まだまだもめるでしょう。それは当然です。だって、首長も、助役も、議員もみんな減るのです。いわばリストラのシステムです。大変なことです。そうやって苦労して地方分権を進めるとその先どうなるのか。それは県民要望が、住民の望むことが、住民の身近なところで決定される、ということに尽きるでしょう。県行政、市町村行政を自己決定でおこなう、ということです。

 今まではどうなのかというと、中央省庁という名の食堂で「カツ丼はこんな規格です」と決めてしまうと、「卵はこんな卵を使え、(カツの)衣はこんなもので、カツの大きさは何グラム。その代り材料費は一部補助します」という仕組みです。創意工夫をする余地が本当に少ない。すべて基準値が決まっています。カツ丼だって、ヒレ肉を使わなくてもトッピングの工夫でもっと美味しいものが出来るかもしれないのに。自己決定で出来る仕組みにすべきだと思いますね。

 「低コスト・満足行政」を実現するためにはもっとシェフ(首長)に任せてもらいたいのです。そうすればお客さん(住民)に喜んでもらえる料理を出す自信はありますよ。比内地鶏の親子丼になっているかもしれませんが、その方が栄養もあるし、秋田でなら、ずっと美味しい、安くてお客さんも喜ぶ一品になります。

《6 に続く》


※名称・敬称等は当時(平成16年11月)のままです。
※次回は12月22日に公開いたします。

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